■歴史

覚王山地区は、シャム国国王ラマ五世(ラーマ5世)から日本国民へ寄贈された1898年仏教開祖釈迦の遺骨仏舎利を安置するため1904年(明治37年)に創建された覚王山日暹寺(現在の覚王山日泰寺)と共に開発が進んだその周辺地区を指し、その山号にちなんでこの名称で呼ばれるようになった。正式な町名で「覚王山」が付くのは覚王山通(広小路通(愛知県道60号名古屋長久手線)沿いの一区域)のみで、その他の地域は正式な地名としては覚王山は付いていないが、地下鉄の覚王山駅や「山門町」を中心とする「覚王山商店街」の様にこの地区を表す名称として使われ、定着している。
1904年(明治37年)の覚王山日暹寺(現在の覚王山日泰寺)の創建と同年にその山号にちなんで覚王山通の地名が誕生し、寺の門前町も覚王山の商店街と呼ばれるようになった。また、覚王山日暹寺の隣接地に松坂屋の前身でもある「株式会社いとう呉服店」の初代社長・伊藤次郎左衞門祐民が別宅揚輝荘を創建するなど、周辺地域は別宅地として発展し、名古屋市有数の高級住宅街としても知られる。
1963年(昭和38年)の地下鉄東山線開通時に覚王山駅が誕生し、当地区の名称として「覚王山」が一層定着することになった。

覚王山